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| 私の娘が18歳になった。高校3年生である。小さい時は、お年玉とかお小遣いなど 貰ったお金の使い道が無く、 かなりの資産家だったのだが、今は、ヒィーヒィーしている。 いろいろと洋服とか買うからである。 買い物が大好きで(多分、母親からの遺伝)2時間、3時間かけて服を選ぶのである。 どうしてあそこまで熱心になれるのであろうか?鏡に向かって化粧をしたり 髪をいじったりする時間もかなりなものだ。その熱心さの10%を勉強に向ければ、 かなりな成績向上につながると思うのだが、世の中うまくいかないものである。 彼女の母親(つまり私の妻)も買い物に行くと2時間でも4時間でも店を回って あれこれ思考錯誤を嬉々としてやっている。 これは男(少なくとも私)には理解できない行動なのである。 結婚当初は、妻の買い物にも付き合ったが、すぐにギブアップした。 とても耐えられず、近くの喫茶店で本を読んで待っている事にした。 我娘も年頃になって、妻と同じ道を歩み始めたという事なのだろうか。 |
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しかしながら、この理解できない行動を次のような仮説を立てると、かなり理解できそうである。 すなわち、服や化粧品などは「美しく見せるため」の武器と考えるのである。 女性にとっての「美しい事」とは「強さ」であると仮定するのである。 人間は、男でも女でも強くなりたいという願望がある。これは多分、男女共通であろう。 男にとっての「強さ」とは文字通りの「強さ」で、昔はいい武器を手に入れるためかなりな努力をした。 早く走る馬があると聞けば、なけなしのお金をはたいてその馬を買ったのである。 (山之内一豊の妻の話が有名)いい刀、いい弓、いい銃を追い求めて男達は駆け回ったのである。 何故そこまでして、いい武器を手に入れようとするのか?「強くなりたい」からである。 男が車にあこがれるのは、自分で走るより早く走れるようになるからである。 銃や弓を欲しがるのは、遠くにいる獲物を一瞬のうちに倒せるからである。 でもそれは昔の話。 現代は、そういう「強さ」が求められていないのである。いい武器を持つ必要もない (日本では、狩猟生活も戦争もなくなった)、 男にとっての「強さ」が何なのかが不明確になってしまったのである。 女性の場合は明確に「美しくあること」が強さの象徴であることに変わりがないが、 男達にとっての「強さ」が混沌としたものになってしまったのである。その影響なのか、 「戦う」男も少なくなってしまったような気がする。 その点、女性が求める「強さ」は非常に明解で純粋でもある。 そう考えると娘や妻がショッピングや化粧に時間をかける姿は、 自然であり生命の躍動すら感じるのである。 ただし、それにお金がかかるということが問題ではあるが・・・。 |